おもしろくないし、役に立たないんだけど、reblogしよう。
日本は70年ほど軍事力を行使をする機会がありませんでした。世界史上でも例外的に幸福な時期だったと言えるでしょう。しかしそのおかげで、軍事や地政学が軽視されるようになりました。「援助や話し合いであらゆる問題が解決できる」と勘違いする人が増えたのです。**********************************************************************************学生のうちはそういった勘違いも仕方がないと思います。しかし社会に出ると、我々は自分の権利が暴力によって守られていることを学びます。あなたが襲われないのは、「警察」という公的暴力が守ってくれているから。貸したカネが戻って来るのは、最後は「裁判所による強制執行」という公的暴力が使えるから。日本の領土が奪われないのは、自衛隊と米軍という暴力装置が守ってくれているから。自由主義も資本主義も、暴力というプラットフォームを公正適切に運用することによって維持されているのです。この現状認識がなければ、問題解決がきわめて難しくなります。*****************************************ところが日本の場合、良い大人が「相手の言いなりで援助をすれば身を守れる」という幻想にとらわれて自分の国や会社を危険にさらしているのです。他国に資金や技術を援助したあげく、脅され領土を奪われそうになっている政治家や官僚。のこのこ敵国に工場を作って市場を奪われ、会社を潰して身ぐるみ剥がされた経営者。マスコミは事実を隠し、「近隣諸国と仲良く」「話し合いで解決を」と寝言を繰り返すだけ。行き過ぎた平和主義が逆に戦争を招きよせているという現実に、多くの人が危機感を覚えています。*****************************************これにはしかたがない部分があります。戦後の日本は、武力による紛争解決を放棄しました。自分の意志で軍事力を行使できないのに、その場合を前提に考えを進めるのはムダに思えます。。カネがすべての世の中になり、軍事学も地政学も忘れ去られた学問となりました。戦場から遠ざかったおかげで、非現実的な話ばかりする「識者」が跋扈するようになりました。「ハンマーを持つ人には、すべてが釘に見える」ように、軍事力の強い国は軍事力で問題を解決しようとします。日本は逆に、ハンマーを捨てたおかげで釘が見えなくなってしまったのです。**********************************************************************************通常の国家は、アメとムチを併用して自国の意見を通します。アメ = 援助 = 外務省(米国は国務省)ムチ = 軍事力= 軍隊 (米国は国防省)交渉も最初はソフトですが、次第にグレードアップして行きます。説得 → 取引 → 警告 → 恫喝 → 軍事力行使こういったステップが見えているからこそ、話し合いの段階でお互いどこかで妥協します。国家間の交渉はほぼすべて、軍事力を背景とした利権の奪い合いなのです。*****************************************日本の場合は、ムチを使うことができません。するとアメ=援助だけが交渉のカードになります。ところが「援助による安全保障」の問題点は「いくらやっても終わりがない」ことです。政治家は日本国民の財産や技術を他国にタダで与え、日本企業を窮地に陥らせます。会社がバタバタ倒れ自殺者が激増しても、増税して他国のために貢ぎ続けます。それをやめたくても、日本国内でキックバックをもらっている人々がやめさせてくれません。売国利権が大きなビジネスとしてすっかり出来上がっているのです。**********************************************************************************悪意のある相手にしてみれば、これほどのカモはいないでしょう。いいがかりをつけて怒鳴ってやれば、いくらでも援助を引き出せるからです。条約も契約も、すべて後から反故にできる。ゴネるようなら「戦争するか?」と脅せば良い。面倒な交渉や取引も必要ありません。それを見ていた他国も「日本人相手なら脅せばよい」と学習し、様々な言いがかりをつけてくるようになりました。*****************************************この悪循環から抜ける方法はあるのでしょうか?第一に、「悪意のある相手に援助することは危険」と知ることです。第二に、「言いなりになればそのうち終わる」という幻想を捨てることです。*****************************************ゆすりたかりが一度で終わるはずがありません。たかり屋に一度カネを払えば、次はもっとすごいネタを作り出して大金をつかみ取ろうとします。尖閣を守らなければ、沖ノ鳥島や南鳥島など多くの島が一気に取られます。その次は沖縄、九州と続きます。「寸土を失うものは全土を失う」のです。**********************************************************************************戦後の日本人は「軍事力抜き」という特殊環境の中で、独特の思考回路を発達させました。それは「援助や話し合いであらゆる問題が解決できる」という大きな勘違いです。しかし現実世界では、敵意をカネで消し去ることはできません。いまこそマキャベリの言葉を噛みしめて、敵国への援助をやめるべきでしょう。*****************************************「次の二つのことは、絶対に軽視してはならない。第一は、忍耐と寛容をもってすれば、人間の敵意といえども溶解できるなどと思ってはならない。第二は、報酬や援助を与えれば、敵対関係すらも好転させうると思ってはいけない。」ニコロ・マキャベリ
「先祖の怨念なんかありませんよ。あなた子供が可愛いでしょう?仏壇買わないからって子孫を恨んで呪う様なヤツはご先祖様なんかじゃありません。出てきたら私が丸太でぶん殴ってやります」と禅宗のエライ坊さんが言ってた。私はかなり同感である。
ダイオウグソクムシの水槽を48時間生中継してるだけの放送で74万人見ててアンケートで「とても良かった」98.2%て、TVの番組作ってる人とかどうすればいいの……
Tumblr を見ていたら、「平和の反対語は混乱であり、それは 状態を指す言葉である。 戦争は暗殺、脅迫、政略結婚、買収、 対話等と並ぶ外交手段の一つである」という文章が流れてきて、これはいい定義だなと思った。
現状を否定して、「平和」みたいな「かくあるべききれいな理念」を唱えてみせる人には、時々たくさんの支持が集まる。きれいな言葉に心癒されて、じゃあその腐った現状をどうすればきれいになるのか、答えは結局聞こえない。
答えの見えない現状に、じゃあ「こうしましょうよ」なんて提案しようものなら、今度は「お前は平和が嫌いなのか。戦争に賛成するのか!」なんて叩かれて、「戦争に与する極悪人」のレッテルは、そう簡単に剥がれない。
こうしたやりかたは、やっぱりどこか間違っていて、要するにそれは、本来は対比の対象にならない、「状態」と「手段」とを、あたかも対比可能な何かであるように並べてみせることで、聴衆の誤解を誘う手段に他ならないのだけれど、「これ」という名前がついていないからなのか、あまりこれが叩かれる場面を見たことがない。
「戦争」と「平和」みたいに、本来は対比の対象にならない何かを反対語として対比させるやりかたは、現実的な解決を唱える相手を潰す必要が生じたときには、しばしば便利な武器となる。
一般化すると、誰もがそう思う「望ましい状態」と、「それを達成するのに必要な、何かに痛みを強いる手段」とをそれぞれ探して、それをあたかも反対語であるかのように対比させる。現状に対して、「望ましい状態」が欠けている、その責任は相手の側にある、とまずは断じて、相手がそれに反論すれば、「お前は戦争主義者だ」みたいに、相手に対して「痛みを強いる手段を好んで用いる者だ」というレッテルを貼って、さらに叩く。
こうしたやりかたは、言葉が勢いを失わない限り、冷静な議論を遠ざけておくことができる。きつい言葉で相手を罵ることで、相手に対して「この人とは話しても無駄だ」というあきらめを促す。冷静な議論になれば敗北必至の情勢であっても、勢いで押し切ることに成功すれば、少なくともその「議論」において、勝利宣言をするところまでは持って行ける。
韓国式のやり口を知るようになったのは、日本の国民だけはありません。日本政府もようやく、韓国式の情報戦に対抗し始めました。ずいぶん遅きに失した感はありますし、始めるまでは根回しだの下準備だのとまどろっこしいのですが、いざ始めれば着実に進展するのが日本という国です。今後の日本側の攻勢に期待したいところです。
韓国式の工作的意見誘導は、何度見抜かれ論破されても、平然と同じことを繰り返します。彼らの目当ては、わかっている人を論破することではありません。わかっていない人を取り込むことだからです。
ですから何度でも、彼らは同じ手を繰り出してきます。わかっている人が見れば、相手をするのもバカバカしくなるほどに。
それもまた、彼らの手口のひとつと言えるでしょう。同じ手を何度も繰り出すことでわかっている人を呆れさせ、あるいは飽きさせ、黙らせることが出来れば、わかっていない人を取り込むのはより容易になります。
そういった彼らの手口に対抗するには、こちらも倦まず弛まず、否、倦んでも弛んでも、相手が繰り出す工作をいちいち潰していくしかありません。「この手口は過去に一度潰したからもう大丈夫」などと思えば、それこそ相手の思う壺なのです。
バカバカしくても、面倒くさくても、相手が工作を仕掛けてくる限り、それを監視し、必要であれば対抗するのです。そのモチベーションを維持するのは容易ではありませんが、だからと言って放置すれば、確実に日本は彼らに取り込まれてしまうでしょう。実際、一度日本は取り込まれかけましたし、衰えたといえども今もまだ、その勢力は日本で活動を続けているのです。
まずは自分自身が正しく韓国を知ることです。そうすれば韓国式工作は自ずから見えるようになります。韓国式工作が見えるようになれば、やがてそれに対抗することも出来るようになります。それが工作員に取り込まれる人を一人でも減らすことにもつながるのです。
長年の読者諸姉諸兄はよくご存知のことだと思いますが、弊ブログも同じことを何度でも繰り返しております。長年の読者諸姉諸兄は、さぞや飽き飽きしているだろうといつも思います。しかし今日初めて、弊ブログをご覧になる方もいるわけです。弊ブログを初めてご覧になる方は、過去記事をご覧になっても、それは過去のことだと思ってしまうでしょう。
それは過去のことではあるけれど、今も現在進行形で行なわれることのあることなのだということを理解してもらうためにも、私は何度でも同じことを書くつもりです。それこそが、真の韓国理解への王道と私は確信しています。
現在の艦船攻撃用兵器は、昔の重装甲でシステムが単純な軍艦を撃沈するためではなく、現在の軽装甲でシステムが複雑な軍艦を機能不全に陥らせることを前提としている。しかも、兵器価格は上昇し、かつての大砲のように気軽に何百発も撃てるようなものでもなくなった。一方で、タンカーを中心とする商船は防御力強化に努めてきた。これを傍証するのが1974年、東京湾で衝突炎上して漂流した「第十雄洋丸(43723総トン)」を海自がなかなか撃沈出来なかった事件である。海自は第十雄洋丸を処分するために、72発の5インチ砲を撃ちこみ、対潜哨戒機から9発の150キロ爆弾と9発の127ミリ空対地ロケットを命中させ、その後、潜水艦から二発の魚雷を命中させたが、右に7、8度傾いただけだった。このように、現在の兵装で艦船を撃沈するのはきわめて難しい。撃沈を前提としなくても、戦争を決意した国家が対艦用ミサイル・魚雷を商船攻撃に、どれだけ本格的に振り向けられるか難しく、嫌がらせ程度が限界だろう。このように、「現在の船舶の頑健性と対艦兵器の限界」を考えれば、シーレーンを途絶させることは難しいと言える。
A「自衛隊反対!!!平和な日本を!!!」
B「君、君、もしPCにウイルスソフトもファイヤーフォールもなかったらどうなると思う?」
A「PCが危ない」
B「もし日本から自衛隊が消えたらどうなると思う?」
A「平和になる」
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