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反日(はんにち)って、なぁに (・。・; ?

《さくら子》より。

2019年 8月30日

https://ameblo.jp/bogih/entry-12514964185.html

朝鮮半島の方達(朝鮮人)は・・・「強制連行され、奴隷労働されたニダ!」

「植民地支配されたニダ」と大騒ぎをしておられます。

しかし事実は・・・日本侵略もしていませんし、「不法に密入国してきたのは朝鮮人のほうです」

母国(朝鮮半島)に、お帰り頂こうとすれば・・・「帰らない!」とゴネて、居座り続けているのが実情です。

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嘘(うそ)→「日本人に強制連行されたニダ」

だ・か・ら、「権利をよこせ!」と騒ぎ立てておられますが…史実は、逆です。

密入国者が大量に押しせ、困った我が国は「帰還させたかったのです」

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それにも関わらず、日本に不法に居座り続けた朝鮮半島の子孫たちは、不当な権利を要求しています。

「朝鮮学校を無償化しろ」

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「参政権をよこせ!」と騒ぎ立てておられます。

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密入国した在日=「差別だ!」、「違法だ!」

被害を受けた日本=「・・・・」

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権利を主張する根拠が、嘘(強制連行、侵略)なのですね。

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ソウル大学の教授は勇気を出して、真実を発信してくださっていますね(*^-^*)b

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冒頭の画像のように、デモをしてまで「半島に帰りたくないニダ」というから特別に在留を認めて差し上げたところ…

凶暴で犯罪が多く、日本人を殺しても罪悪感がないのです。

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日本を貶める情報工作にも余念がありません。

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そう言えば↓このオジサン=在日朝鮮人

逃げてはみたけれど、「やっぱ刑務所がイイわぁ~♪」っと、電話してきたそうですね。

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彼ら朝鮮人は・・・日本を貶めるため、捏造歴史による反日教育も怠りません。

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洗脳されている半島の方達へ

日本は、侵略などしていないのですね。

日韓併合は「韓国のほうから願い出た」

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統治時代の日本は韓国に対し、国家予算の2割を投入しインフラ整備や教育に誠心誠意尽くしました。・・・そして、朝鮮半島は見違えるように発展しました。

下矢印こちらのダムは、日本が当時の金額で5億円の巨費を投じて1937年(昭和12)鴨緑江に建設した水豊ダム。

現在は中朝国境に位置し、いまも北朝鮮の貴重なエネルギー源となっています。

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加耶大学客員教授の崔基鎬氏は日韓併合についてこう述べておられます。

「…当時の韓国の財政は破滅的状態で財源は涸渇し、

政財界には不正と腐敗だけが蔓延していた。

伊藤(博文)が統監として赴任した三年間、

彼は祖国日本から無利子、無期限の資金3000万円を引き出し、

韓国の道路、学校、土木工事、鉄道、病院建設にこれを充当した。

彼は韓国および韓国人のために、

中央政府の大臣と、地方長官には韓国人を任用し、

日本人はその下の補助役に就かせるにとどめた。

そればかりではなく、日本人には荒蕪地の開発などの難しい仕事をやらせた。

だがこうした事績は、韓国では(あるいは日本でも)、不当にも抹殺されて、顧みられることもない。

李朝当時の韓国は、両班(ヤンパン)という堕落した不労所得者の貴族集団が、

良民、農民たちから財産と生産物を奪い、百姓たちは瀕死の状態に喘いでいた。

李朝の500余年間、正式の学校もなく、

名ばかりの国立(官立)学校が4校あるにすぎなかったが、

伊藤は、教育の重要性を考えて『普通学校令』を公布し、

統監府時代(1906-1910)には、すでに日本の資金で100校以上が築造され、

合邦以後もそれは続き、1943年には5000校に達した。

また李朝の腐敗した統治にあってインフレーションに悩む民衆のために、

朝鮮を『円通貨圏』に統合した。

朝鮮史上、紙幣が流通したのは、実はこれが初めてのことで、

これによって物価が安定し、

朝鮮に『現代的貨幣制度』が確立されたことも、伊藤の功績である。」

(『歴史再検証 日韓併合』祥伝社黄金文庫p.18-19)

教育については、朴正煕元韓国大統領も証言しておられます。

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朴氏や崔基鎬教授が言われる通り朝鮮人に対し、日本人と同じ教育を施しました。

下矢印こちらの画像は、朝鮮水原郡松山面の公立学校です。

1929年『生活状態調査』水原郡・第28号。

(水間政憲『ひと目でわかる「日韓併合」時代の真実』より)

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こちらは崔基鎬教授が語って下さっている動画です。

「私は88才です。 もう事実を話したいと思います。」崔基鎬(チェ・キホ)伽耶大学客員教授

(文字おこし)

朝鮮末期の私は1923年の生まれです。もう韓国のためでも、日本のためでもなく「事実」を話したいと思います。それは相当な覚悟が必要です。生命の危険も覚悟しています。しかし、これは私の使命であると信じています。

私はソウルに住んでいました。そして、時々、平壌や東京に行きました。

その当時の韓国人は「日本人以上の日本人」でした。

「親切でやさしい日本人」という印象を、必死に消すために

「反日」の指導者はそそのかしてきました。

韓国と日本の歴史教育を比較すると、日本が10%の歪曲といえば、韓国は90%が歪曲です。

朝鮮末期の正常ではない政治腐敗を教えず、日本が関与しなければ独立ができたことのように使われています。

韓日合邦によって「教育」「医療」「工業」「社会インフラ」が整備されました。

近代国家の基礎が出来たことは明らかな事実です。

その実績を「日本帝国主義の侵略政策の産物だ!」と糾弾する韓国にはあきれます。

より一層「日帝が民族産業を停滞させた!」という主張にはコメントする気持ちもなくなります。

民族産業を殺したのは、朝鮮王朝です。

近代化を主張する先進的な思想家は反逆者とし、親族までも処刑されました。

韓国人は「日帝の虐待!性奴隷!」と叫んでいますが、私は信じることができません。

歴史の真実を知っているためです。

朝鮮語でキウン「地獄」でした。

それは大韓帝国時代になっても同じでした。

1904年

日本は朝鮮の惨状を救うために、財政支援を決断します。

例えば1907年度、朝鮮王朝の歳入は748万円だったが、歳出は3000万円以上でした。

その差額は日本が負担していました。

1908年にはより一層増加し、3100万円を支出しています。

《省略》

Source: mainichi-tv