どうも埒が明かないので、もう一方の直接の当事者である米国の視点での意味づけを、ためしにニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストから見てみよう。

 まずワシントン・ポスト。

冒頭から、ロシアのクリミア併合を受けて、米国との同盟が信頼に値するのか不安を感じ、再確認を求める米同盟国の一つとして日本を見ている。

 グローバルな視点からは、日本は、米国との安全保障関係上、サウジアラビアとか、イスラエルとか、トルコとかと似た立場にあって、似たような懸念を持っている、と見られています。

 そういう文脈への意識が日本の新聞では見られないのは、残念です。もっぱら中国と韓国との関係が感情的にクローズアップされますが、もっと広い視野も提示してほしいものです。

 さらに、ニューヨーク・タイムズの記事。

 これは「そのものずばり」ですね。

 タイトルは、「米国のクリミア問題への対応は、日本の指導者を不安にさせている」。

 この記事では、現在の日米関係の懸案事項を、グローバルな視野においては、ウクライナ情勢と根を同じくする問題としてとらえている。クリミア併合をめぐって米国が言葉の上ではロシアを批判しつつ、実際の行動ではロシアの行動を抑制する能力あるいは意思がなさそうに見えている点が、どう日米関係に影響するか、という問題設定がなされている。

 問題となっているのは、ウクライナをめぐって、米国が冷戦終結後に行った約束を反故にしたこと。ここでの「約束」とは、冒頭に触れられている1994年の「ブタペスト覚書」である。冷戦時代に旧ソ連の内部だったウクライナに配備されていた核兵器を、1991年に独立したウクライナが廃棄する代わりに、米国の当時のクリントン大統領が、ウクライナの領土保全を「尊重する」と約束した。

 しかし実際に2014年にロシアがウクライナからクリミアを武力の威嚇の下で奪取すると、米国はこれを黙認する姿勢である。米側はブタペスト覚書については「拘束力がない」と知らんぷり。

 これでは日米安保条約に基づいて、中国の脅威から守ってくれるという約束も、いざとなると履行されなくなるんじゃないの?と日本側が思っても当然だよね、と米側、というか世界中の国際政治に関係する人は思っている。ヘーゲル訪日で最大の議題はこれだよね、と誰もが思っているので、そこのところどうなの?とあちこちに聞いてみました、という趣旨の記事。

 記事はこういう風に書いてほしい。

 で、米側の匿名の軍関係者に聞くと、日本側がしきりに聞いてきている、「同じことがウチについても起こるんじゃないの?」と。

 そうなると、今回のヘーゲル訪日の要点は、米側が日本に対して、日米同盟の意義と堅固さをどれだけ「再確認(reaffirm)」することができるか、ということになる。ヘーゲル訪日に至る、日米防相会談や軍参謀総長レベルでのやり取りなどを、この問題のすり合わせの過程としてこの記事では触れている。

 で、これまでのやり取りでは北朝鮮のミサイルの脅威に関しては両国の一致した対処に何ら揺らぎがないことが確認されている。まあ当然ですね。
 
 しかし日本側は、対中国、特に尖閣問題について米側が日米安保条約の範囲とすると確認することを求めている、というのが記事の後段のヤマ場のところですね。

 対中国の問題になると米側も口を濁すようになる。尖閣が占領されたら米国は守る、とは米国は絶対に言わない。その言わない感じがどう英語で表現されるかが、次の部分などに見えますね。

 ウクライナに与えた約束と、日米安保条約じゃ全然質が違うよ、といった形で間接的に「安心しろ」と言っているわけです。

 その後のところでは、そういった形でとりなされても、日本側では、でもなあ、クリミア問題への米国の対応を見ていると、米国には中国に立ち向かう意志がないだけじゃなくて、能力もないんじゃないの?と思い始めている、という点が記されています。予算強制削減があって軍が縮小しているところに、対ロシアで東欧に重点配備しなければならないとなると、米のアジアを重視する、という政策も頓挫してしまうのではないかな、という恐れが日本側にあるという。

 そして、日本側がそういう不安を抱くのと同時に、中国側は勢いづいているだろう、と日本側は予測することになる。

 そういった不安感が高まっているのだから、ヘーゲル訪日、そして4月23(あるいは24日早朝)-25日に予定されているオバマ訪日の際には、東シナ海での問題はクリミア問題とは別なんだ、とはっきりと日本防衛の再保証を米国がすることを日本側は要求している、という。

 もしそうならないとどうなるの?もし、米国の保証がないがゆえに中国が増長して、いっそう事態を悪化させて、ついに衝突が生じて、そしてやっぱり米国はクリミア問題に対するように知らんぷりだったら、どうなるの?というところを誰もが考えるわけですが、それは、日本側の宮家邦彦さんのコメントで強烈に暗示させてこの記事は終わります。

「日本が攻撃されて、アメリカが対応することを拒んだら、その時はアメリカが日本から基地を引き上げる時ですよ。日本の基地がなければ、アメリカはもはや太平洋の大国ではなくなりますよ。ご存知ですよね」

 かなりきわどい発言ですね。

 安倍首相のブレーンとして知られる宮家氏は、公式発言とは別の、安倍政権の「本音」を何らかの意味で反映していると米側では思われているのでしょう。

 日本側の政権に近い人がここまで言わなければならないほど、オバマ政権の同盟政策への信頼性は低下していますよ、という点は、米側でもかなり多くの人に受け入れられ、共有される論点だろう。

 日本側もなんとか米側に伝えようとして表現がきつくなるし、米側の新聞もセンセーショナルに報じて売りたいから大げさに煽り気味になるとは言える。だからこういった記事がどれだけ現実を反映しているかは、多少割り引いてみるという姿勢を持った方がいい。だが、現在の日米の安全保障関係をめぐる論点の基本構図はこういうものだ、と知っておいた方がいい。

 それにしても、引用されている宮家氏の発言は米側の文脈では強烈。

 まず、「太平洋の大国ではなくなる」。

 これって、米国がまだ西欧の列強に大きく後れを取っていた19世紀半ば、ペリーが来る前の時代に戻ってしまうということ。

 これが反米論者なら「バイバーイ、太平洋の向こうに帰ってくださーい」と言うところだろう。

 宮家発言は、それでもいいんですか?といいたげな、親米派からの挑発的な発言に見えます。