こうして全人口の一割以上が、戦争に備えて武器をとり、あるいは配置につきました。といって、もちろん、スイスから他国へ侵攻しようとしたのではありません。

 ドイツとフランスは、国境線に要塞を築いて、睨み合っていました。その要塞線の南側にあるのがスイスです。つまり、ドイツ軍がスイスに侵攻すれば、フランスの大要塞「マジノ線」を迂回して、フランス領の奥深くまでカンタンに攻め込めます。フランスからも同様です。

 スイスは独仏の両軍にとって格好の「通路」でした。実際、先の第一次世界大戦では、ベルギーらの国々が、ドイツ軍に「通路」として利用するためだけに攻め込まれ、戦場となっています。

このスイスの地理的位置と、地形上の特性を考えると…スイスの中立に少しでも不安を感じたならば、両者とも先を争ってその領有を図ることは、火を見るより明らかであった。…中立国の領土不可侵の権利は、自らの領土防衛の義務のうえに立って主張できるのである。決して、一片の条約上の文字だけに、頼れるものではない。

…ギザン将軍は、まず第一に、その抵抗の意志と力を示して、スイスの中立を交戦するドイツとイギリス・フランスの両陣営に信用させることが必要であると考えた。(p53)

 もしスイスが軍事力を強化せす、戦時体制をとらないで「戦争ならよそでやってください。うちは、関わる気はないんで…」と、口だけで中立を守ろうとしたら、どうでしょうか。

 ドイツ軍は考えるでしょう。「もしスイス自身に中立を保つ意志があったとしても、あんなに無防備では、フランス軍が侵入しようと思えば、カンタンにそれを許してしまうではないか。もしそうなれば我が軍は、敵に背後へ回られてしまう。それぐらいなら、むしろ先に我が軍がスイスに攻め込んで、自国の安全を守るべきだ」と。ドイツ軍がそのように考えるだろう、と考えたフランス軍は、やはりスイスを攻めないと自分が危うくなると恐れるでしょう。

 つまりはスイスは「どっちかの国が我が国を通路にしようとしても、撥ね付けるだけの軍事力がスイスにはある。よってスイスは確かに中立を守ることができる」と、見せつけてやらねばならなかったのです。