一昔前まで、アメリカでのプロレス興業には、「マークス」と呼ばれる腕自慢の飛び入り賞金マッチがつきものだった。
 マークスの多くは、レスリングの実力者とか、地元の喧嘩屋である。

 もしプロモーターに返り討ちを命じられれば、一介のレスラーにそれを断る権利はなく、もし負けでもしたら、「素人より弱いレスラー」として業界には残れなくなる。
 「プロモーターに絶対服従」という業界の掟が、実力の無いレスラーを淘汰していた。マサ・サイトーも、このようなマークスの相手を命じられ、サミングで返り討ちにしたと回想している。

時には、プロモーターがマークス対策専用のレスラーを雇うこともあった。
 その中でも有名になったのがボブ・バックランドで、彼はいつもマークスをヘッドロックでギブアップさせていたという。

これは手首関節を相手の頬の頭蓋結合部に押し当てて締めるというもので、陰のテクニックとしてレスラーに伝えられていたものだ。つなぎ技であるヘッドロックで素人をギブアップさせることで、プロのステイタスを誇示したのだった。

ここではフリースタイル・レスリングの起源とされる「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」スタイル・レスリングが伝承されており、数々のフッカー(フックは、極めると同時に折ってしまうような危険なサブミッションのこと。フッカーは、これをマスターしたセメントの中のセメント)を育成した。
 フッカーの中でも最強と呼ばれているのが、幻の実力者ビリー・ジョイスである。

ゴッチは、その秘技を日本に伝えた。

 チャンピオンクラスがマークスの相手をすることは、滅多になかった。勝って当たり前、負ければ興業全体にダメージを受ける。
 従って、主に中堅以下のポジションにいるレスラーが、マークスを退ける役割を与えられた。前座レスラーだったジョイスは、その典型であろう。そうなれば、チャンピオンは彼らより強いことになり、一石二鳥だった。

 ジャイアント馬場は、セメントを、「レスリングの技術があり、かつ喧嘩度胸のあるレスラー」と定義している。
 彼らセメントに言わせると、そうした実力とショーでの人気を兼ね備えてはじめて、真のプロフェッショナルなのだという。

マクマホンジュニアのショーアップ路線により、セメントは業界から淘汰されていった。だがもちろん、プロレスそのもののレベルは向上している。打たれ強さや受け身の上手さなどは、格闘家をしのぐものがあるだろう。

 打撃系の経験者なら分かるだろうが、人の体は、急所を除いて叩かれるほど強くなる。例えば極真の選手なら、体の全面や脚は、まるで鎧をまとっているように頑丈だ。プロレスラーは、日々の試合で常に全身がそういった状態に保たれている。特に、回復力は尋常ではない。
 受け身の技術も、空中殺法や場外への落下があるため、スタントマン並みにレベルが高い。今や伝説となった、三沢が小橋を花道から(場外へ!)雪崩式タイガースープレックスで投げた場面を見せられた(しかも、2人はリングに戻って試合を続行した)ときには、改めて、自分がプロレス少年だったことに誇りを持ったものだ。こんなこと、プロレスラー以外の誰にできるだろう? ゴールドバーグなど、キャデラックにハネられてみせた。

やっぱり、プロレスはキング・オブ・スポーツであり、プロレスラーは超人なのだ。

 逆に言えば、いくらルックスが良くても、超高度な身体能力がなければ、トップの座は保てない。ザ・ロックなどはルックスはいいが、身体能力がプロとしてはいまいちであり、案の定、プロレスから俳優業に重心を移した。

 こういったプロレスラーの養成機関の中でも有名なのが、ゴールドバーグやボブ・サップがいたことでも有名なアトランタの「モンスターファクトリー」、別名パワープラントだろう。フロアには3面のリングと最新のトレーニング設備が設置され、サブミッションのトレーニングも行なわれていた。ちなみに、ゴールドバーグもサンボや合気道の経験者だ。
 もともとNFLでもズバ抜けた体力の持ち主だったサップをして、あげたまま失神するほどのシゴキだというから、いかに厳しいかが伺える。
 カレリンのライバルだったマッド・ガファリは、1日で逃げ出したという。
 K-1のサム・グレコも、実はプラント出身。
 まさに、世界のトップアスリートが集結していたのだ。

裏プロレス史 – 大人に負けるな! (via petapeta)

梶原一騎的文体の持ち主

(via orga)