緊張状況を高めかねない有事の「持ち込み」

まずは有事の際の緊急措置としての持ち込みである。一般にはこのシナリオの蓋然性が最も高いと考えらえているようである。しかし、すでに緊張が高まった状況で核兵器の持ち込みを行った場合、緊張状態をさらに高めかねないという重大な問題が存在する。

逆に、緊張が高まった場合に、核兵器持ち込みの選択肢が検討されたにもかかわらず見送られたとすれば、その理由が何であったとしても、決意が疑問視される結果になりかねない。いずれにしても、プラスにならない。

この双方を避けようとすれば、平時から配備した方が有利である。若干レベルは異なるが、例えば英国は今日にいたるまで、核兵器(潜水艦発射弾道ミサイル:SLBM)を搭載した原子力潜水艦を常に1隻パトロール(潜水)させておくという「常時航海抑止(CASD)」と呼ばれる態勢を維持している。これにも、緊張がすでに高まった後で航海を始めることによる事態のエスカレーション効果と、航海の決定を先送りすることによる抑止力の低下の双方を避けるという効用があると指摘できる。

有事になってから行動すること(およびしないこと)にはリスクが伴うのである。この点は、日本における議論でもより意識される必要があろう。

平時の「持ち込み」によるリスクと抑止力

それでは、平時からの「持ち込み」はどうか。これに対しては、米軍の核兵器が配備されれば、武力紛争時には敵国の標的となるために危険であるとの議論がある。これ自体は正しい指摘かもしれないが、戦略論、抑止論としては、標的になるリスクを負うことこそが抑止力を高めることにつながる。

米国の核兵器の欧州配備を長年継続しているNATOにおいて、これは「リスクと責任の共有(risk- and responsibility-sharing)」と呼ばれている。米国の核兵器が配備されれば、当然それは軍事攻撃の標的になってしまう。しかし、そのリスクを共有することで同盟における核抑止(拡大抑止)態勢を、米国による同盟国への拡大抑止の提供という一方的(片務的)な関係から、ともに貢献し合う双務的な関係にすることができると解釈されている。

その背景には、欧州が一方的に米国に依存する態勢、すなわち、いわば「ギフト」としての拡大抑止を期待するだけでは信頼性に疑義が生じる恐れがあるため、欧州諸国の側も相応の負担をすることで、より対等な関係を目指したいとの欧州側の考えが存在した。

この観点では、平時から配備し、リスクを共有することが重要だということになる。米国の核兵器の配備には、米国をつなぎとめる、つまり有事の際に米国を「巻き込む」という目的が存在するのは当然である。しかし、平時からのリスクの共有によって抑止関係を双務化させることで米国による抑止の信頼性を確保する、すなわちバードンシェアリングを高めることで抑止力を強化するとの論理が存在することを見逃してはならない。

日本への核兵器持ち込みに関しても、直感的な感情論に頼るのではなく、目的の目的・意義を明確にするために、戦略論、抑止論からの強靭な議論を構築する必要がある。