“私の父の話でも説明してみます。父は大学教授で30年ほど前にリタイアしました。私は父に「これからどうするのか」と聞いたんですね。すると父は「今度はジハードをする」と私に言いました。どういうことか。
父が考えていたのは「自分が住んでいる地域の貧しい子どもたちに教育を提供したい」と、そういうことだったんです。そして、彼は実際に中学校をつくりました。生徒の8割が孤児や奨学金で勉強している子どもたちです。それが父にとっての「ジハード」だったのです。
確かに戦闘時のジハードという意味もあります。自衛のために逃げずに神のために努力をする。しかし自分の欲望と戦うことが最高のジハードです。心の中の欲望、あまり良くない欲望を正す、自制する努力です。
残念なことに、一部の人達がジハードという言葉を使ってテロ行為をしている。”

宮城や福島で炊き出し100回、なぜならそれがジハードだから。被災地でカレーをふるまい続けたムスリムたちの話 | | ニッポン複雑紀行 (via pudknocker)

(via tkdsngn)