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朝鮮戦争と、日本共産党

ねずさんの ひとりごと

2013年04月04日

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朝鮮戦争

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朝鮮戦争といえば、北朝鮮と韓国の戦争であることは、誰もが知っていることです。

実は、この戦争に、ある政党が日本の「軍」として参戦していた、と申上げたら、みなさんは驚かれるでしょうか。

朝鮮戦争では、南朝鮮側の軍は、「韓国軍、米軍、国連軍」によって構成されていました。

一方、北朝鮮側の軍は、「北朝鮮人民軍、中共人民義勇軍(のべ300万人)、ソ連軍」そして、日本共産党軍が、これに参戦していたのです。

はじめに簡単に朝鮮戦争を振り返ると、昭和25年6月25日に、北朝鮮人民軍が、突然38度線を超えて、韓国側に侵攻しました。

当初、ソ連製のT型戦車を中核とする北朝鮮人民軍は、まさに無敵で、破竹の勢いで朝鮮半島を征圧していきました。

なにせ機関銃も迫撃砲もバズーカ砲も、頑丈なT型戦車の前には、まるで歯がたたない。

ソウルの南にある水原に逃げ落ちた韓国軍のもとに、当時GHQの総司令官として東京にいたマッカーサーが視察に訪問します。

そして7月には、マッカーサーは574人からなる米軍先遣隊を韓国に派遣し、米軍は同月4日午後には、水原南方の烏山近くの高地に進出します。

5日の朝7時30分、そこに北朝鮮の戦車隊が南下してくる。

8時16分、戦闘開始。

午後2時30分、米軍は150人が死亡し、持って行っていた砲門の全部を遺棄して敗退しています。

この後、国連決議に基づく国連軍も参戦するのですが、韓国軍、米軍、国連軍とも北朝鮮軍に歯がたたず、後退に継ぐ後退となり、ついに朝鮮半島南端の釜山にまで、全軍が追いつめられてしまいます。

朝鮮半島は、戦前は日本でした。

ですから朝鮮半島に住む朝鮮人で、旧陸軍士官学校を出た立派な将校もたくさんいたし、旧日本軍に志願し、勇敢に戦う兵士も数多くいました。

にもかからわず、北朝鮮にここまで追いつめられた背景には、当時の韓国大統領の李承晩が、とにもかくにも日本が嫌いで、旧日本軍所属経験のある軍人に、まるで権限を与えなかったことがあります。

ところがさすがに釜山港まで追いつめられ、あと一歩で釜山港から海に押し出されてしまうというところまできたとき、さしもの日本嫌いの李承晩も、能書きを言ってられなくなります。

そして釜山においてはじめて、日本の陸士出身の将校に、戦いの全権を委ねるのです。

このときになってようやく権限を与えられた金錫源将軍は、旧日本兵だけを集め、北朝鮮軍と果敢に戦います。

そして逃げるとみせて北の戦車隊を海岸線におびき出し、そこを米海軍の戦艦から、艦砲射撃させたのです。

いくら無敵のT型戦車とはいえ、戦艦の持つフタ抱えもあるような巨大な砲弾の前には、ひとたまりもありません。

これによって、釜山にいた北朝鮮の戦車隊は壊滅、その余勢をかって、南軍は、敵戦車部隊を海岸線におびきだしては叩くという戦法を使って、いっきに戦線を盛り返します。

9月には米軍が仁川に上陸、10月には韓、米、国連軍は、38度線を超え、いっきに平壌を目指します。

戦地が、北の敵地に移れば、活躍するのが米国のB29です。

日本を焼土にした空の要塞B29は、北朝鮮軍の戦車部隊のいるエリアを、上空からナパーム弾で焼き払い、その熱で戦車内の兵士を焼き殺すという戦法で、さかんに戦果をあげます。

これに危機感をもった北の金日成は、ソ連になんとかしてくれと泣きついた。

そこでソ連がB29対策に動員したのが、ソ連製のジェット戦闘機ミグです。

B29は、プロペラ機の空の要塞です。高高度で飛来し、上空から猛烈な爆弾の雨を降らせる。

当時のプロペラエンジンの戦闘機には、B29の高度に到達できる飛行機がなかったから、B29は無敵の要塞だったのです。

ところがジェット戦闘機のミグは、B29などよりもはるかに上空に達することができます。

しかも速度がめちゃくちゃ速い。

結果、ミグ戦闘機の前に、B29は、ただの大きな空の標的でしかなくなります。

飛んでいるB29が次々に撃ち落とされる。

これに対抗するために、米軍はF-84やロッキードF-80、F9F、英国軍はグロスター ミーティアなどを投下するのですが、これによって世界初のジェット戦闘機同士のドッグファイトが行われたのも、実は朝鮮戦争です。

この朝鮮戦争では、南北合わせて500万人が死亡しています。

大東亜の戦いにおける戦没者が310万人ですから、いかにこの戦いが凄惨なものであったかがわかります。

米軍兵士も14万人が死傷しています。

そもそも米国民にしてみれば、第二次世界大戦で「戦争は終わった」はずだったのです。

ところが、終わったと思ったら、こんどは朝鮮半島でまたドンパチはじまってしまった。

米国内には、非常に高い反戦運動が起こります。

米国にしてみれば、そもそも黄色い猿同士の戦争なのです。

猿の戦争に、なんで米国民の命が犠牲にならなければならないのか。

そんなもの、日本に戦わせれば良いではないか。

困った米政府は、日本国内で、いったん解散した陸海軍を、再び復活させようとします。

ところが米国が起草して日本が受け入れた占領統治憲法は、九条で戦争も軍も否定している。

そこで折衷案として、朝鮮戦争参戦を企図して組織されたのが警察予備隊、後の自衛隊です。

警察予備隊が組成されたのは、昭和25年8月10日のことです。

朝鮮戦争への米軍の参戦が同年7月のことですから、時期を見ればその目的は明らかなことです。

ただし、占領軍が、現地の人々に兵役を課し、他国への戦争に駆り出すというのは、中世の侵略軍ではあるまいし、いくらなんでも外聞が悪い。

そこで昭和26年には、日本との講和、つまり日本との戦争状態の終結が提案され、昭和27年にはこの講和条約が発効して、日本は主権を回復します。

目的は、朝鮮戦争へ日本を参戦させるためです。

ところが、当時の日本の首相の吉田茂は、GHQによって課せられた日本国憲法を盾にとり、言を左右にして、朝鮮半島への参戦を拒みます。

結果、日本は、昭和27年になっても、朝鮮戦争には出兵しないことが明らかになる。

であれば、米国としても、これ以上、朝鮮半島で戦争を継続する意味がないし、これ以上、米国民を死なせるわけにはいかない、ということで、米国が韓国を出し抜いて、昭和28年7月27日に、勝手に休戦協定を成立させてしまった。

この頃の戦場は、完全に北朝鮮の国土内です。それを米国は、開戦時の38度線まで譲歩までして、休戦協定を急いだわけです。

ですから北朝鮮と韓国は、いまだに戦争状態にあります。

これが朝鮮戦争の概略です。

さて、この朝鮮戦争において、当時、GHQによって占領されていた日本は、後方基地として使用されていました。

さしものミグ戦闘機も、米軍の守りが固くて、日本にまで空爆をすることができなかった。

けれど北が戦いを有利に進めるためには、後方基地である日本をなんとかしなければなりません。

そこで、北の後ろ盾になっているソ連共産党は、現金による資金援助として、当時のお金で55万ドル、いまの相場でいえば324億円もの大金を、戦費として日本共産党「軍」に与えています。

これは、昭和26(1956)年の援助が10万ドル、ラストボロフから大村英之助氏に手渡されたのが45万ドルという大金です。

それだけではありません。

支那共産党も、北京機関から10億円、党学校から100億円、自由日本放送から5億円、人民艦隊経由で2億円、合わせて117億円もの戦費を、日本共産党に与えています。

また支那共産党は、これとは別に279億円の戦費を日本共産党に支給したといわれています。

こうした資金援助を受けながら、日本共産党は党員からいまのお金にして25億円のカンパ、トラック部隊による強盗で799億円、あわせて824億円の現金を集めています

つまり当時の日本共産党は、共産主義諸国の手先の「軍」となり、自力調達824億円、ソ連からの援助金396億円、支那からの援助金396億円、合計で1616億円もの戦費を、朝鮮戦争当時の日本国内における内部攪乱工作資金を集めていたわけです。

こういう巨額の資金が、大卒の初任給が、まだ数千円だった時代に動いていたわけです。

そして集めた資金の使途ですが、

1 武器購入、製造、使用、保管のために数千万円

2 中核派、独立遊撃隊、祖防隊兵士1万人の人件費として800億円

3 地下の非合法アジトや合法的事務所の設置費用として数十億円

4 非合法機関誌、パンフの出版、印刷、配布費用として十数億円

5 海上航路封鎖のための人民艦隊船舶15隻の確保と数千人の朝鮮人密航者の援助金として数百億円

6 北京機関の維持運営費として10億円

7 北京機関、党学校の維持運営費に100億円

8 自由日本放送局の開設と運営費に5億円

あわせて、千数百億円が費消されたといわれています。

要するに、朝鮮戦争に際して、背後から北朝鮮を援助し、また日本国内を攪乱させ、さらに朝鮮人を密航者を日本国内に呼び込み、後の在日朝鮮人問題の原因をつくる、そのための資金が、ソ連や中共政府、そして日本共産党員のカンパによって集められ、使われていた、というわけです。

要するに、いまある在日朝鮮人問題も、もとをたどせば、韓国からの大量の難民を意図的に呼びこみ、日本に引き入れ、日本に定着させた、もっというなら、莫大な費用をかけて手引きした日本国内勢力があったわけで、それが日本共産党であったわけです。

そしてこの問題は、単に朝鮮戦争当時だけの問題に限らず、その後も、そして現在にいたるも、水面下で、なかば堂々と、外国勢力からの不法な資金援助が、国内の反日勢力に大量に与えられているという事実も想起させます。

つまり、巨額の反日工作資金ないし日本解体工作資金が、日本国内にいる反日勢力に流れ込んでいるということです。

現実問題として、原発反対デモなど、数千人から万単位の人が国会議事堂を取り囲みますが、そこに集ったプロ市民たちの日当は一日1万円といわれています。

1万人に1万円を渡したら、それだけで1億円です。

他に、お揃いのTシャツやたすき、ビラなどを取り揃える経費、そしてそんなデモが毎週のように繰り返される。

資金はいったいどこから出ているのでしょうか。

広島や長崎での終戦記念日には、同市内のホテルは、すべて全国から集まるプロ市民たちによって満室になります。

その経費は、いったいどこから出ているのでしょうか。

あるいは沖縄のオスプレイ反対デモ、あるいは普天間移設に関するデモ、座り込みをするプロ市民たちは、仕事もしないで、いったいどこから収入を得ているのでしょうか。

そして、大手新聞社という肩書きを持ちながら、肝心の新聞そのものは大赤字でろくに売れてもいないのに、なぜか日本一といっていい高給が支給されている会社は、いったいどこから収入を得ているのでしょうか。

要するに、そうした諸々の活動の裏では、我々一般庶民には想像もつかないような巨額の資金が動いているということです。

そしてそういう黒い資金によって、メディアが占拠され、地方自治体の選挙や、国政選挙においても、黒い資金によって、膨大な票が買われている。

そしてその黒い資金に群がる人々がいる。

それがいまの日本であるということです。

これに対し、保守系の活動家は、みんな手弁当で、ひたすら自己の正義感、使命感だけで行動しています。

しかし、こうした外国や国内の売国勢力による巨費を投じた工作が現実のものである以上、国政が、ただこうした動きに手をこまねいて、何もしないということで本当によいのでしょうか。

いま、日本は大きな岐路に立っているのではないでしょうか。

※朝鮮戦争に関する日本共産党軍の戦費に関する資料は、昨日ご紹介した春日部市議井上えいじ氏にいただいた資料をもとに記載させていただきました。

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