ari0921:

織田先生よりシェア

櫻井よしこさんの論考をシェアさせていただきます。

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国恥を忘れるな、中国の暗い原動力

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世界に武漢ウイルスを拡散させ、すでに43万人の命を奪っているにもかかわらず、中国政府も中国人も反省の姿勢を見せないどころか、いまや次の世界秩序を構築し、世界を主導するのは中国に他ならないと主張する。横柄というべきこの態度はどこから生まれてくるのだろうか。

右の疑問は日本だけでなく、多くの国々の多くの人々が抱いているに違いない。そうした問いに汪錚(ワンジョン)氏の著書『中国の歴史認識はどう作られたのか』(東洋経済新報社・伊藤真訳)が答えてくれる。

汪氏は、中国人は、この世の中の最も優れた民族は中華民族であると信じていると強調する。古来より中国が周囲の民族を東夷西戎南蛮北狄と呼び、蛮族ととらえてきたのは周知のとおりだ。

中華民族は優れた文化・文明を有し、その徳によって国を治めていると自負し、周囲を軽蔑してきた。その意味で中国は人種差別の色彩が濃い社会だと言ってよいだろう。しかし、同時に「蛮族」が中華の教えに従い、中華文明に染まり、中国人になるのであれば、中国は受け入れてきた。その点で中華民族は寛大であると、彼ら自身は考えている。

中国人の心理を理解するには彼らの誇りと愛国を支える三つの要素を知っておくべきだと、汪氏は言う。

1選民意識、2神話、3トラウマである。

1は、古代に遡る。古代中国人は自分たちは世界の中心の聖なる土地に暮らす選ばれた民だと信じた。中国の哲学、習慣、文字などが近隣諸国に広まり「一種の師弟関係」を近隣諸国との間に結んだことで、中国文明の普遍性や優位性を強く確信するに至り、選民意識が深く根づいていったというのだ。

中国人のコンプレックス

選民である民族の物語は2の神話となって、これまた中国の人々の心に定着した。だがそれを打ち砕いたのがアヘン戦争以降「恥辱」の一世紀だった。3のトラウマである。

恥辱の一世紀は以下の6度にわたる戦争から成る。1第一次アヘン戦争(1840~42年)、2第二次アヘン戦争(56~60年)、3日清戦争(94~95年)、4義和団事件(1900年)、5満州事変(31年)、6日中戦争(37~45年)である。

ここで日本人の私たちが注目すべきことは6度の戦争の内、4度までも日本が関わっていることだ。日清戦争でも義和団事件でも中国は無残に敗れた。日本が完璧に勝った。中国側は日中戦争には勝ったが、それは日本が米国に敗れた結果にすぎない。彼らはそのことでも誇りを傷つけられていると、汪氏は解説する。

汪氏の著書の帯には「なぜ日本人はかくも憎まれるのか?」と書かれており、第3章では蒋介石が日記に「私は倭(日本人ども)を滅ぼし国恥を雪ぐための方策を記すことにする」と繰り返し書きつけていたことが紹介されている。

まさに中国人のトラウマは、自分たちよりも劣ると見做していた日本人との戦いに敗れたことから生まれたというのだ。その分、日本と日本人は格別に憎まれていると心得ておくのが正解なのである。また彼らの憎しみは、そのときどきの政治情勢によって蛇口を開閉され、いつでも必要な時に私たちを襲う。

中国社会の深部にこびりついている選民意識、中国の偉大さについての神話とそれを打ち砕かれたトラウマが複合して生まれた心理、中国人のコンプレックスを知ることなしには、現在の中国人の行動や中国共産党政権の世界戦略を真に理解することはできないと、汪氏は強調する。

選ばれた民は誇り高い。習氏が2017年10月18日、中国共産党第19回全国人民代表大会での演説で語ったように、中国は経済力をつけ、軍事力を強化し、世界の諸民族の中にそびえ立つべき存在だと、彼らは信じている。

中国は世界の諸民族に価値観を教え、導くのであるから、尊敬され、称賛されるべき存在だと疑わない。従って、わずかな誹謗や批判も許容できないのである。

一例が中国政府の武漢ウイルスに関する当初の拙劣な対処や経済への影響を論じた米国の政治学者、ウォルター・ミード氏の「ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)」紙の記事に「中国は真にアジアの病人だ」という見出しがついたことへの尋常ならざる怒りであろう。

中国政府は感情のコントロールができないかのように、2月19日、ミード氏の記事とは何の関係もない北京駐在の同紙特派員3名の追放に踏み切った。

豪州国籍の男性に死刑

1100万人の住む都市、武漢を一夜にして封鎖し、一切の実情を報道させず、それでも一応武漢ウイルスを他国に先がけて抑制したと誇る。彼らはその「実績」を掲げ、国際社会に中国の規範を示すのである。

彼らはいまが勢力拡大の好機と見て、持てるすべての手段を駆使する。

4月23日に豪州首相のモリソン氏が武漢ウイルスの発生源に関して国際社会は独立した調査を行うべきだと、私たちの側の論理では当然の主張を展開すると、中国は、5月12日、豪州産の農産物輸入規制で報復した。

6月5日、豪州で中国人への差別的言動が増加中として、国民に豪州への渡航自粛を促した。10日には広州市中級人民法院が薬物密輸の罪で起訴された豪州国籍の男性に死刑判決を下した。

経済力だけでなく司法の力も彼らは自在に活用する。中国共産党は三権の上に君臨する超法規的存在であるため、何でもできる。

無論、軍事力の効用も最大限活用中であることは、南シナ海や台湾海峡における中国軍の海と空での行動を見れば明らかだ。尖閣諸島に「海警」所属の事実上の軍艦4隻が常に侵入しているのも、彼らが力を信奉するためだ。

国際社会は中国を突き動かす力が「国恥」という言葉から生まれていることに思いを致せというのが汪氏の警告である。中国の子供たちは幼い頃から「勿忘国恥」(国恥を忘れることなかれ)という言葉を教え込まれる。

列強諸国、とりわけ日本にどんなに酷い目に遭わされたか、民族の恨みと憤りを教え込むのである。国恥への歯ぎしりが、中華民族は復興を遂げなければならないとの切望を生み出す力につながる。

文革で毛沢東主義の過ちが判明し、東西の冷戦で共産主義のソ連が崩壊し、そこに生じたイデオロギーの空白を、中国共産党は埋めなければならなかった。

共産主義社会の実現に替わる思想を見つけなければ共産党の存在意義は消滅する。空白を埋める新たな思想が、愛国主義、中華民族の偉大なる復興だった。愛国主義につながる「勿忘国恥」こそ中国共産党の生き残りを支えた言葉なのだ。

中国の強硬姿勢を抑制する力を多国間協力を通して強めることが日本の生き残る道であろう。