世論調査の数字が単独の点(ポイント)で意味をもたないように、「報道の自由度ランキング」も順位そのものではなく変動の線(ライン)として読むべきである。日本の順位は二〇〇三年(小泉純一郎内閣)の四四位、二〇一〇年(鳩山由紀夫内閣)の一一位、二〇一六年(安倍晋三内閣)の七二位と大きく変動するが、この時期に「ジャーナリストに対する暴力の威嚇・行使」の量的拡大やメディア法制に大きな変化があったわけではない。つまり、この変化の要因は専門家の体感自由、主にメディア報道に由来する印象に大きく左右されているわけである。二〇〇九年と一〇年は報道の「自由度が高く」、その前後の八年と一二年も「比較的高い」と高評価されているが、この時期はすっぽり民主党政権期に重なる。鳩山内閣、菅内閣、野田内閣とも内閣支持率は急速に低下、低迷しており、新聞もテレビも「自由に」政権批判を全面展開できた。ジャーナリストの体感自由が高まったのは当然かもしれない。
もちろん、民主党政権で体感自由が高まった理由はそれだけではない。民主党は記者会見のオープン化を公約化していたので、一部官庁での会見には記者クラブ加盟社に所属しないフリージャーナリストの出席も可能になった。民主党政権下で記者クラブが自由化されたわけではないが、専門家が自由化への期待を抱いたことも確かだろう。ただし、記者クラブ体制が大きく変化したわけではない。それは記者クラブを軸に「政・官・業」と報道の癒着を告発する牧野洋『官報複合体』(講談社・二〇一二年)が、民主党政権末期に刊行されていることでも明らかである。また、二〇一二年一二月の自民党政権復帰によって記者会見のオープン化がすべて撤回されたわけでもないのである。
一方、「国境なき記者団」は日本の「報道の自由度」下落の要因として、特定秘密保護法などの影響で日本の報道が自己検閲状況に陥っていることを挙げている。しかし、「自己検閲」をいうのであれば、それは近年に始まったわけでも、また安倍政権で急に強化されたわけでもない。そもそも特定秘密保護法にしてからが、その法案を準備したのは民主党の菅内閣である。二〇一〇年九月の尖閣諸島付近での中国漁船衝突事件の映像流出に対処する法整備が直接の動機だった。「自己検閲」状況が進んだとしても、それは特定秘密保護法制定よりも先に述べた内閣支持率政治の影響の方が大きいと見るべきだろう。
結局、「報道の自由度」を左右した専門家アンケートの回答も論理的な判断というより、ときどきの政治感情、いわゆる「空気」に左右されたものと言えよう。誰が専門家として選ばれているのかは開示されていないが、日本の場合、「報道の自由」への期待値が極めて高いジャーナリストが選ばれた可能性が高い。戦前の日本なら新聞紙法(一九四九年廃案)も出版法(一九四九年廃案)も映画法(一九四五年廃案)、無線電信法(一九五〇年廃案)などメディア統制法が数多く存在したが、今日では報道を直接規制する法律は存在しない。もちろん放送法はあるものの、それは「公正中立」の理念を謳ったもので規制を目的とした法律ではない。その限りでは先に引用した「天声人語」のいう通り、総務相が放送法を根拠に電波停止をちらつかせることは非常識である。
このように「報道の自由」が法的に規制されていない日本においては、専門家の自由への期待値は最大化されている。その高い期待水準で現状を評価すれば、その満足度が低く出ても仕方がない。期待値と満足度が逆相関になることは容易に想像がつくはずだ。
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